
皆さんにも可愛がられ、以前に心配していたことは解決して今はなにもありません。これも、亡くなられた尾木文之助先生やろう学校の先生方そしてお客さまのお陰と毎日、感謝の気持ちで暮らしています。
今は母として主婦として
小原栄
静岡県
娘は、昭和三十四年桜の花咲く四月、小原家の長女として誕生しました。しかし、「言葉が遅い、聞こえないのかしら」と思い、あちこちの病院で診察を受け、最後は東京の東大病院。三歳半のときです。
私たちの住む田舎から東京といっても、今のように新幹線が走る時代ではありませんから、鈍行で五時問余りかかりました。幼い娘を連れて気の遠くなるような心細さを感じました。結局は、「ろう教育しかありません」と言われたときは大変なショックでした。
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